219号室とカズオ・イシグロ
記憶の中の長崎を、戦後復興期の長崎を伝える部屋として。219号室にまつわる物語です。
記憶の中の長崎を、もう一つの部屋として。
retro48長崎の219号室「からすみ部屋」は、カズオ・イシグロ作品に描かれる戦後長崎の空気感を手がかりに構成した一室です。
特定の小説の舞台を再現した部屋でも、カズオ・イシグロ本人が監修した部屋でもありませんが、
戦後の集合住宅、古い家具、本、音楽、異国文化が混ざる長崎。その記憶を、宿泊できる空間として再構成しています。
カズオ・イシグロと長崎
カズオ・イシグロは1954年、長崎市新中川町に生まれました。新中川町には、魚の町団地と同時期に建設された48型団地である中川町団地があり、デビュー作の『遠い山なみの光』に登場する団地の描写はこの中川町団地の記憶が元になっているのではないかとされています。本人は中川町団地に暮らしていたわけではなく、その近くの住宅で幼少期を過ごしています。1960年、5歳のときに家族とともにイギリスへ渡り、以後はイギリスで暮らしています。2017年にノーベル文学賞を受賞しました。
デビュー作『遠い山なみの光』(1982年)は、長崎を舞台のひとつとした作品です。イシグロ自身は後年のインタビューで、初期作品に描いた日本は、幼いころに見た長崎の情景をもとに自分の中で作り上げたイメージであったと語っています。実際の記録や取材に基づく再現ではなく、記憶と想像によって組み立てられた風景だったということです。
219号室が目指しているのも、これと同じ姿勢です。特定の場面を忠実に再現するのではなく、戦後長崎の記憶が持つ空気感を手がかりに、ひとつの部屋として組み立てています。
『遠い山なみの光』に残る戦後長崎の記憶
『遠い山なみの光』は、イギリスに暮らす長崎出身の女性が、戦後まもない長崎で過ごした日々を回想する形で進む物語です。焼け跡から少しずつ立ち直っていく街、狭い集合住宅での暮らし、そこに交差する異国の文化や人々。当時の長崎の空気が、記憶というフィルターを通して描かれています。
2025年には本作を原作とした映画も公開されました。映画の制作にあたり監督が実際に旧魚の町団地(retro48長崎のある建物)を訪れ、美術セットづくりの参考にしています。イシグロ氏の小説の舞台となった集合住宅を映画の中で再現するにあたり、イシグロ氏が幼少期に目にしていた近くの中川町団地と同じ時代・同じ長崎に建てられた兄弟の集合住宅が今も現存していたことから、小説の舞台を再現するにあたり、物語の世界と現実の建物が静かに重なる出来事となっています。
219号室に置かれた家具、本、音楽
219号室には、1950〜60年代の英国アンティーク家具や、当時の国内外の雑誌を配置しています。戦後の長崎には、進駐や貿易を通じて、日本の暮らしの中に異国の物や文化が混ざり合う独特の空気がありました。219号室の家具や本は、その「混ざり合う長崎」の記憶を手がかりに選ばれたものです。
特定の小説の一場面を再現した小道具ではなく、戦後長崎という時代と土地の空気を伝えるための構成である、とご理解いただければと思います。
英国アンティークのビューローと真空管ステレオ
部屋の中心にあるのは、英国アンティークのライティングビューローです。手紙を書き、本を読むための静かな家具は、遠く離れた英国と、記憶の中の長崎とをつなぐ象徴として置いています。
あわせて配置している真空管ステレオと当時の音楽は、「本と音楽のある、もうひとつの昭和長崎」というこの部屋のコンセプトを形にしたものです。文字だけでなく、音や質感を通じて、戦後という時代の余韻を感じていただければと思います。
再現ではなく、オマージュ
219号室は、カズオ・イシグロが実際に暮らした住宅を再現した部屋ではありません。イシグロが幼少期を過ごした戦後長崎の記憶や作品世界を手がかりに構成したオマージュです。
本人による監修・推薦、公式なコラボレーションでもありません。特定の小説の舞台を忠実に再現したセットでもありません。
あくまで、戦後長崎の集合住宅文化と、イシグロ作品に流れる「記憶の中の長崎」という空気感を手がかりに、retro48長崎が独自に構成した一室です。
小説を再現するのではなく、
小説を読んだあとに残る風景を、部屋にした。